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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7669号 判決 1977年3月29日

原告(反訴被告) 桜井昌友

右訴訟代理人弁護士 平井博也

同 柴田徹男

同 酒井憲郎

同 保田敏彦

被告(反訴原告) 丸静商事株式会社

右代表者代表取締役 谷口好雄

右訴訟代理人弁護士 永峰重夫

同 南俊司

主文

1  原告(反訴被告)の主位的請求(証拠金返還請求)を棄却する。

2  原告(反訴被告)の予備的請求(損害賠償請求)にもとづき、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金六二二万一〇〇〇円およびこれに対する昭和四九年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

5  第二項に限り仮に執行することができる。ただし、被告(反訴原告)が金三〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)―以下、原告という

(一)  主位的請求

1 被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し金六二二万一〇〇〇円およびこれに対する昭和四九年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

3 仮執行宣言

(二)  予備的請求

右と同旨

(三)  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

(四)  反訴訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

二  被告(反訴原告)―以下、被告という

(一)  原告の本訴請求をいずれも棄却する。

(二)  原告は被告に対し金一四八四万六〇〇〇円およびこれに対する昭和四九年一二月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は本訴反訴を通じ、原告の負担とする。

(四)  右第二・三項につき仮執行宣言

第二当事者の主張

一  本訴の主位的請求原因

(一)  被告は東京繊維商品取引所における商品取引員である。

(二)  原告は被告に対し、商品先物取引の委託証拠金として昭和四九年六月二五日に六〇万円を、同月二七日に六〇〇万円をそれぞれ預託した。

(三)  よって、原告は被告に対し、右寄託契約にもとづき、右合計六六〇万円から三七万九〇〇〇円(原告が被告に委託してした別紙記載(1)の取引によって生じた差損金三三万六〇〇〇円および委託手数料四万三〇〇〇円の合計額)を差引いた六二二万一〇〇〇円、およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四九年九月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  右に対する答弁

全部認める。

三  抗弁および反訴請求原因

(一)  被告は東京繊維商品取引所における商品取引員である。

(二)  原告は被告との間で右取引所における受託契約準則に則り同所における毛糸の先物取引を委託する旨の委託契約を締結し、これにもとづき別紙記載のとおりの取引をし、その結果、同記載のとおり差損金合計一八一二万六〇〇〇円および委託手数料合計三三二万円、以上合計二一四四万六〇〇〇円を生じた。

(三)  被告は前記受託契約準則にもとづき、原告の負担すべき前記差損金一八一二万六〇〇〇円に原告主張の預託委託証拠金合計六六〇万円を充当した。

(四)  よって、被告は原告に対し、右残金一一五二万六〇〇〇円および前記委託手数料三三二万円合計一四八四万六〇〇〇円と、これに対する本件反訴状送達の翌日である昭和四九年一二月三日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  右抗弁および反訴請求原因に対する答弁

(一)は認める。(二)は、別紙記載(1)の取引については認めるが、その余は否認する。(三)は争う。

五  反訴請求原因に対する抗弁および本訴の予備的請求原因

(一)  原告は、被告が前記三(二)で主張するとおり別紙記載(2)ないし(6)の取引(以下、本件各取引あるいは本件(2)の取引などという。)をした。

(二)  その結果、原告は被告に対し、右(2)ないし(6)記載のとおり差損金合計一七七九万円および委託手数料合計三二七万七〇〇〇円、以上合計二一〇六万七〇〇〇円の債務を負担するに至った。

(三)  しかし、右各取引は、次に述べるように、被告の吉祥寺支店長角井次の商品取引所法九四条一号ないし三号、前記受託契約準則一七条一号、一八条一・二号に違反する違法な勧誘行為にもとづいてなされたものであるから被告は、角井の使用者として、角井がその職務である勧誘行為によって原告に対し与えた差損金および委託手数料二一〇六万七〇〇〇円相当の損害を民法七一五条にもとづき原告に賠償すべき義務がある。

1 角井は、昭和四九年六月二五日、本件(2)の取引の勧誘をするに際し、原告に対し、「証拠金などいらない」、「任せておいてくれればいいのだ」、「名前だけ貸してもらえばよいのだ」などといって、すでに委託証拠金を預託する資金的余裕がなく取引を極力断っていた原告をして強引に右(2)の取引を委託させた。

2 角井は、本件(3)(4)の各取引についても、原告が本件(2)の取引の委託証拠金六〇〇万円を苦労してかき集めて預託した事情を熟知していながら、自己の成績をあげるため、さらには新任間もない支店長としての権威を誇示するために、原告が訴外山佐商事株式会社での商品取引で一〇〇〇万円近く損を出しているので、それを取戻すには自分に任せておいてくれなければだめだともちかけ、原告に対し、「自分に任せておけば絶対に損はさせないし、山佐の損害も取返せる。そのためにも任せてくれなければどうなっても知らない」旨、断定的ないしは強迫的言辞を用いて勧誘し、もって原告をして右(3)(4)の各取引を委託させた。

3 さらに、本件(5)(6)の各取引は(1)ないし(4)の各買建玉に対し同数の売建玉を入れた両建であるところ、これは、(3)(4)の各取引の委託証拠金を原告が預託しないでいるうちに相場が下り、追証拠金がかかる状態になってきたのに困惑した角井が、原告を前記支店に呼出し、「値下りしてきているので、会社に説明のつくようにするだけだし、損害を固定するには両建にしておけばよいから」と申向けたので、原告は、それまでもすべて角井がほしいままにやってきているので今さらという考えのもとに、これに応じたことによるものである。

4 そして、昭和四九年七月二五日、前記取引所高野課長の勧めもあって、原告としては、それまでの取引がすべて角井の手でなされてきたものであるところから、手仕舞についても被告のすきなようにしてくれということで、被告が別紙記載(2)ないし(6)のとおり手仕舞をしたものである。

(四)  そこで、原告は、昭和五二年一月二五日の本件口頭弁論期日において、被告に対して有する右損害賠償債権二一〇六万七〇〇〇円のうち一四八四万六〇〇〇円をもって、被告の原告に対する反訴請求原因記載の請求権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(五)  よって、原告は被告に対し、右損害賠償債権の残額六二二万一〇〇〇円、およびこれに対する本件損害の発生後である昭和四九年九月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  右に対する答弁

(一)(二)は認める。(三)は、角井が当時被告の吉祥寺支店長だったことは認めるが、その余は否認する。角井が原告主張のような言辞を用いて勧誘したことはない。(5)(6)の取引は両建であるが、角井が両建をすることを申向けたことはなく、かえって原告のたっての願いでこれがなされたのである。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴の主位的請求原因事実は当事者間に争いがない。また、本訴の主位的請求原因に対する抗弁および反訴請求原因(一)の事実、同(二)のうち、本件(1)の取引に関する事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、その余の同(二)の事実および同(三)の事実を認めることができ、これを覆すに足る証拠はない。

二  そこで、原告の被告に対する不法行為による使用者責任を求める主張について考える。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  被告の吉祥寺支店長の角井次は、昭和四九年六月二五日午前一〇時すぎ頃、原告が前夜同支店の三水健二から相場観などをきいた際、勧誘されて本件(1)の買建をし、その委託証拠金として六〇万円を同支店に持参したところ、原告がかねて山佐商事株式会社を通じての商品取引で相当の損をしており、これを取戻したいと思っていること、および、原告が三水にマンションをもっているとか、以前人に金を貸したことがあるなどと話しているのを三水からきいていたところから、これを引きとめ、原告に対し、「今、三水を叱っているのだ」などといって、三水が前夜原告から一〇枚の買建委託しか受けてこなかったことを非難するとともに、その程度の数量では損を取戻せないからだめだという趣旨をにおわせたうえ、「普通でいくと支店長はやらないのだが、特別に支店長がみてやる。そのかわり私に任せないことにはだめだ。いうなりになってもらわないとだめだ。そうすれば必ず儲けさせる。損はさせない。私のいうなりになってくれれば必ず今まで山佐で損をした分位は十分とってやる」と申向けて、毛糸先物取引の買建玉を勧めたこと、

(二)  原告は、右勧誘に対し、「金がないのでもう買うことはできない」と何回もいって容易にこれに応じなかったが、角井が執拗に勧誘するとともに、原告の明確な返事をまたずに本件(2)の買建をし、「金というのはかけてしまえば必ず出るものだ。金はなくてもいい。任せておいてほしい。もう買っちゃったんだから、もう入っちゃっているんだから何とかしてもらう。何とかなるもんだ。やる気になればやれるよ」とさらに執拗に原告を口説き、しかも、右買建玉をすぐ手仕舞することを求めた原告に、「今、切っちゃうと、結局手数料だけ取られるから(本件(1)の買建の委託証拠金)六〇万円は全部手数料で取られてしまい、もったいないではないか。絶対に損はさせないから」ともいうので、遂に角井の要求に屈し、原告は、事後的に、本件(2)の買建についての注文書に必要事項を記入し、右買建を承諾してしまったこと、

(三)  同月二七日、原告が他から借りたりしてようやくかき集めた六〇〇万円(本件(2)の買建についての委託証拠金)を前記支店へ持参したところ、角井は、被告本社の沓内営業部長を引合せてその相場観をきかせるなどしたうえ、また原告を引きとめ、原告が右六〇〇万円を用意するのにも非常な苦労をし、当面資金的余裕のきわめて乏しいことを知りながら、「絶対に損はさせられないのだから、私のいうとおりにしてもらわないと困る。これを書いてくれ。お宅に絶対迷惑をかけないから」といって、本件(3)(4)の買建についての注文書を書くことを求め、原告が「証拠金を入れることができない」といったのに対しても、「そんなのは関係ない。うちに任せておいてもらえば証拠金はどうにでもなる」といって執拗に勧誘し、結局、原告もこれに押されて、右(3)(4)の買建を了承する形になったこと、

(四)  ところが、原告が右(3)(4)の買建についての委託証拠金を納入できないでいるうちに、相場がどんどん下り、同年七月に入ると追加委託証拠金の納入を必要とする事態が生じたこと、そこで、角井はこれに対処するため、原告に対し「任せてもらえば迷惑はかけない。両建してもらいたい」といって各買建玉に対し売建玉をなして両建とすることを求め、原告もやむなくこれに応じたような形になった結果、本件(5)(6)の売建がなされるに至ったこと、

(五)  原告としては、もとより資金の具体的なあてがあって本件(3)ないし(6)の各建玉をしたわけではなく、角井の「証拠金はどうにでもなる」といった言葉につられて、つい建玉をしてきたところ(したがって、証拠金納入についての具体的期限の約束はなかった)、右建玉後、案に相違して角井からくり返し証拠金の納入を迫られ、いわゆる町金融を紹介されたりするようになったので、切羽詰まり、同年七月二四日、東京繊維商品取引所に苦情を申出るに至ったこと、同取引所において、原告および角井らから事情聴取がなされたが、いつまでも本件建玉をそのままにしておくわけにもいかないということで、結局、同月二五日、原告は角井らの指示に任せる形で別紙記載(2)ないし(6)のとおりすべてを手仕舞わざるをえない結果となったこと、

以上の事実を認めることができる。《証拠判断省略》

右事実によると、被告吉祥寺支店長の角井の原告に対する本件取引における勧誘行為は、商品取引所法九四条一号ないし三号、東京繊維商品取引所受託契約準則一七条一号および二号に違反すると同時に、社会通念上商品取引における外交活動上一般に許された域を越えたもので、不法行為成立の要件としての違法性を有するものと解するのが相当であり、また、本件取引によって原告が負担するに至った差損金および委託手数料に相当する損害は角井の違法な右行為にもとづくものであることを認めることができる。

したがって、被告は原告に対し、民法七一五条にもとづき、角井の使用者として角井がその職務を行うにつき原告に与えた本件取引による差損金および委託手数料に相当する損害を賠償すべき義務を負うというべきである。

三  以上により、原告は被告に対し別紙記載(2)ないし(6)の差損金および委託手数料相当の二一〇六万七〇〇〇円の損害賠償債権を有するところ、原告が、右債権をもって被告に対し昭和五二年一月二五日の本件口頭弁論期日において、被告の原告に対する反訴請求原因記載の請求権一四八四万六〇〇〇円と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるので、結局、被告は原告に対し、右相殺額を差引いた六二二万一〇〇〇円およびこれに対する本件損害の発生後である昭和四九年九月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

四  よって、原告の本位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項・三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 根本真)

<以下省略>

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